第2話 鍼灸界の救世主

針子: 今回は、鍼灸界の救世主、石川日出鶴丸先生についてお話ししましょう。

Q太: 日の出に鶴って、すごく喜ばしい字が並んだお名前ですね。
その日出鶴丸先生は、三重県の人なんですか?

針子: いいえ、明治11年(1878年)富山県で生まれたのよ。
東京帝京大学に進みその後、三重県立医学専門学校長になったの。

Q太: そんな学校聞いたことないなぁ…。

針子: 三重県立医学専門学校というのは、現在の三重大学医学部のことよ。
昭和20年(1945年)日本は戦争に負けて焦土となったわ。
そんな苦しい時、GHQによる民主化が進められ、鍼灸は「非科学的だ」
として禁止されようとしていたの。
その時立ち上がったのが、石川日出鶴丸先生だったのね。
先生は「科学的根拠を示せば、存続が認められる」と考えて奔走し、
関係者に「GHQから問い合わせがあれば、津の石川に聞くように」
と言ったそうよ。

Q太: 鍼灸を命がけで守ろうなんて、すごいことですね。

針子: 実際、GHQから15項目の質問書を受け取ると、2日後には回答書を作って
読み上げ、担当者をたいそう驚かせたそうよ。さらに実際に鍼灸施術を見せ、
担当軍医から好評だったというわ。そして後日、GHQから石川先生宛に
鍼灸を認める旨の手紙が届いたの。

Q太: 起死回生ですね。

針子: ところで、石川先生の身の回りのお世話をしていた人が久居(現在の津市)に
いてね、先生が亡くなって30年後くらいから毎晩、その人の枕元に石川先生が
現れるようになったの。それで思い立って白衣姿の石川先生の石像を
津市久居元町にある千手院賢明寺の本堂裏手に立てたのよ。

Q太: まさに鍼灸界の救世主ですね。

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